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見た映画とか円盤とか、読んだ本とか、聞いた音楽とか。備忘録代わり。

Feb 13, 2016

 

小山のような荷物を背負い、岩山の中を一人歩く女性。耐えきれないといった様子で靴を脱ぐと、親指の爪が剥がれかけ、血でぐちゃぐちゃになっている。さっと目を逸らし、息を整えてからもう一度向き直り、自らを鼓舞しながら、「クギよりもハンマーになりたい」と呟いて爪を剥がす――。
「わたしに会うまでの1600キロ」はそんな、キラキラネームならぬキラキラ邦題とパステル系のポスターを全力で否定する(そして邦題の雰囲気に負けて観劇を断念した私の横面を張る)、生々しくヘビーなオープニング・ショットから始まる。

1995年。OJシンプソンが無罪を勝ち取り、グレイトフル・デッドのギターボーカルだったジェリー・ガルシアが死んだ年。
母親の死をきっかけに自分を見失い、夫ではない行きずりの男たちとのセックスとドラッグに溺れ、ついには父親の分からない子供を妊娠してしまった主人公シェリル・ストレイドは全てをリセットするため、半ば衝動的に長距離トレイルへの挑戦を決める、という裏事情はかなり先まで見ないことには分からず、アウトドアショップで買ったばかりの品々をリュックに詰め、どう見てもトレーニングしていないであろう細い脚を剥き出しにしてカリフォルニアの砂漠に単身で踏み出す無謀さが先ず強調される。主人公は自暴自棄になって無茶をやらかしている、でも何で?という疑問を伏線に、主人公の1600キロ踏破を時系列順に追う一方、過去の出来事や抽象的な映像をフラッシュバックや熱中症下の幻覚という形で小出しに混ぜ込みながら進むので、好奇心や緊張感が保たれたまま、120分間があっという間に過ぎてしまう。
この辺は「カフェ・ド・フロール(11)」の手法をさらに深化させたという感じだが、おもしろい巡りあわせだなあと思う。「ダラス・バイヤーズクラブ(13)」の快挙を受け、急きょ前作の日本公開が決まり、間もなく今作「WILD(14)」が公開された。前からのファンにしてみれば気に入らないだろうけど、個人的には監督の色が分かりやすい、いい流れになったんじゃないかなと。

乱暴にまとめると「過去の過ちを後悔しながらただ歩き続けるだけ」の「自分探し」映画なんだけど、DV父からの逃走、大学では母が同級生、その母との死別、浮気、乱交、ヘロイン、妊娠、堕胎、離婚、名字の改名等々非日常ワードが飛び交うので自己投影はできないし、これを見てよっしゃ私も無茶苦茶やろう!という気にはならない。
ただジャン=マルク・ヴァレ監督の見せ方のおかげで、共感はできないけど共有できるラストになっていて、さわやかな余韻の中にも涙腺にグッとくるものがあった。間違いなく良作。
次回作こそ、邦題がどうであれ、目を覆うような副題がついていても、公開直後に駆け込みたいな。

 

プールにか幻想にか溺れるポール・ダノの演技がすさまじく、さすがのカオスっぷりだったので、あの辺をもう少し広げて欲しかったなあ。
消防士コスプレのエピソードは事実を知ってないと「?」なシーンになっちゃってるし、スタジオへの放火とか、妄言とか、一緒くたのごちゃ混ぜを電子音楽に乗せてわーって流して、高音が極まった瞬間に弾けて80年代の姿に収束とか。ありがちな手法だけど、ポール・ダノなら新手の怪奇映像に仕上げてくれたんじゃないかな。